ビブリオバトルをご存知だろうか。2007年に京都大学の研究員だった谷口忠大氏(現・立命館大学情報理工学部准教授)によって考案され、その後各地に広がった「知的書評合戦」だ。自分が面白いと思った本を5分間プレゼンし合い、いちばん読みたくなった「チャンプ本」を投票で選ぶ。この模様はYouTubeで公開することが推奨されている。NHK BSプレミアム「このマンガいいね!BSオススメ夜話」も、ビブリオバトルに発想を得たのではないかと思う。
ジャストアイデアだが、ビブリオバトルの手法を小劇場演劇のオススメに使えないだろうか。ご承知のとおり、演劇のプレビュー記事というのは非常に難しい。これから上演する作品が面白いかどうかなんて、はっきり言って誰にもわからない。筆者が企画書や過去の経験に基づいた推測を語っているだけだ。演劇のプレビューなんてその程度の信頼性なのだから、だったら個人の思い入れたっぷりに「いまどのカンパニーを観るべきか」をプレゼンし合い、それでいちばん観たくなったカンパニーに足を運べばいいのではないかと思ったのだ。
作品ではなく「どのカンパニーを観るべきか」と書いたのは、バトルの開催時点で次回作品が未定のカンパニーも多いと思ったからだ。当然カンパニーによって公演時期はバラバラなので、バトルを開催する時点で公演予定が出揃っているとは限らない。そこで「今後半年間で観るべきカンパニーはどこか」というテーマでバトルすればよいと考えたのだ。もちろん、公演が盛んな地域なら対象期間を縮めてもいいし、「BSオススメ夜話」のように「いまいちばん元気をもらえるカンパニー」のようなテーマにしてもいいだろう。バトルの内容はYouTubeで公開し、新しいカンパニーとの出会いを広めるようにする。プロデュース公演は座組みが決まっていないと語れないので、対象外とする。
私がビブリオバトルでいいなと感じるのは、新刊やベストセラーより隠れた名作がチャンプ本になる傾向が強いことだ。投票で勝ち負けを競うため、自分の思いを込めたプレゼンが出来る本を選ぼうとした結果、自然とそうなるのだろう。他者にこの本の魅力を知ってほしいという思いがプレゼンを熱くするのだ。同様に、知名度が低いカンパニーでもプレゼン次第でチャンプになる可能性があるわけで、まだ動員は少ないが成長が期待出来るカンパニーの紹介にぴったりの方式ではないだろうか。
勝ち負けなど決めずに、それぞれが好きなカンパニーを観ればいいという意見もあるだろうが、これには本家のビブリオバトルが「なぜチャンプ本を決めるのか?」で明確に答えている。ここに書かれているとおり、バトル形式にしないと「好きなカンパニーを紹介するだけの会」に終わる危険性があり、それだと他者を劇場に向かわせるだけのエネルギーは生まれない。
演劇でも年間ベストテンを発表する企画は多いが、他のジャンルと異なり、演劇ではあとから作品に接することが出来ない。未見の観客は悔しがるしかない。今後の参考にはなるかも知れないが、若手カンパニーの成長は早く、その旬の時期に出会えるかどうかは得難い体験である。そうしたもどかしさを観客側で補完するプレビューの方法として、ビブリオバトルのような小劇場オススメバトルが各地で定期的に開催されるとよいと思ったのだ。
観客がトークバトル形式で半期ベスト3を決める「関西Best Act」は、ビブリオバトルに近いと思うが、同時に今後半年の観るべきカンパニーもプレゼンし合って、その模様をYouTubeで公開したらどうだろうか。きっと関西で最も信頼出来る情報源になると思う。
ビブリオバトルがきっかけで、実際に本が急に売れ出した例もある。佐々木丸美著『雪の断章』(創元推理文庫)は、作家の青崎有吾氏が昨年12月に日本経済新聞で紹介したことで注文が殺到しているが、これは青崎氏が短期間に二人から薦められて読んだもので、うち一人がビブリオバトルだった。『雪の断章』は1985年に映画化された作品だが、平成生まれの青崎氏は全く知らなかったという。そもそも、佐々木丸美作品は長らく絶版状態だったのが熱心なファンによって復刊した経緯があり(佐々木丸美作品復刊運動&ファンサイト「M’s neige」参照)、作品を埋もらせてはいけないと改めて思う。
文藝春秋
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