この記事は2009年2月に掲載されたものです。
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続・平日18:30開演はないだろう

カテゴリー: fringeのトピック以前 | 投稿日: | 投稿者:

●「fringe blog」は複数の筆者による執筆です。本記事の筆者は 荻野達也 です。

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前回私が書いた「平日18:30開演はないだろう」に対して、toiの作・演出をされている柴幸男氏からトラックバックをいただきました。現場の実情と共に、たいへんわかりやすく上演団体側のご意見をお聞かせいただいたものと思い、感謝いたします。

今回の公演は、世田谷パブリックシアターの主催(正確には財団法人せたがや文化財団の主催、世田谷パブリックシアターの企画・制作)であり、開演日時など制作面での最終責任は劇場側にあると思います。そのため、先のエントリーは上演団体であるtoiに対してではなく、劇場側に対しての疑問がまずありました。ただし、純粋な劇場プロデュースではなく公募企画の上演ですので、上演団体の意向がどの程度反映されているのか不明なため、一部「劇場・toi双方」という表現も用いました。

シアタートラムで千秋楽を19:00開演にすれば、退出時間の22:00には当然間に合わないと思います。この劇場が照明バラシに時間がかかること、機材倉庫が楽屋フロアにあって迫りを使う必要があること、搬出が地下2階で経路が複雑なことなどは充分承知しています。従って、先のエントリーは劇場使用時間の延長を前提に書きました。選ばれた側のtoiが延長を言えないのは理解しますが、選んだ側の劇場が延長にもっと積極的でもよかったのではないかと感じたのです。

「シアタートラム ネクスト・ジェネレーション」は、世田谷パブリックシアター開館以来続いてきた「くりっくフリーステージ演劇部門」を刷新したものですが、公式サイトに掲載されている2000年以降の公演カレンダーを見ると、過去3回あった平日千秋楽はいずれも19:00開演です。上演団体が3団体に増えたことも背景にあるのかも知れませんが、他の2団体が土日公演なのに対し、toiは平日2日間です。ならば劇場として平日バラシに伴う延長は必然に思えました(劇場主催ですから、もちろん延長料金なしで)。

柴氏が書かれている、

また社会人の残業は憂う一方で劇場スタッフは残業してでも社会人を劇場に呼ぶべきということでしょうか。

については、私は平日千秋楽の場合はそうあるべきと考えています。一人でも多くの観客に足を運んでもらいたいという気持ちは劇場スタッフも同じだと思いますので、バラシから逆算した開演時間ではなく、延長を理解してもらえると考えています。実際に民間劇場では、バラシに限り時間制限のないところや、終夜作業が容認されているところもあります。公共ホールは民間劇場より制約が厳しいと思いますが、今回は劇場主催なのですから、そこは融通が利くのではないかと想像しました。

私事ですが、私は家族が劇場に勤務しています。バラシの場合は延長料金を免除している劇場なので、平日千秋楽でも開演時間は特に早まりません。劇場スタッフは、上演団体が帰ったあとも機材の員数確認や翌日の準備などがあり、帰宅はたいへん遅くなります。個人的にはもちろん早く帰ってほしいと思いますが、劇場勤務という仕事を選んだ以上、バラシの日はやむを得ないと考えています。千秋楽まで観客のことを考慮した開演時間にするのが、劇場の役割だろうと思うからです(ただし、バラシが続くと負担も大きいと思いますので、その意味でもロングランが促進されてほしいと願っています)。

「シアタートラム ネクスト・ジェネレーション」は、劇場側が次の世代を担う新しい才能を世の中に紹介する場です。これまでtoiを知らなかった新しい層の観客に、存在を知らしめる場だと思います。そう考えたとき、社会人が少しでも足を運びやすい開演時間にするのが、社会に開かれた公共ホールのミッションではないかと感じました。すでにtoiを知っている観客ではなく(それももちろん大切なお客様ですが)、「シアタートラムで上演するのなら観てみよう」と感じる層に強く働きかけることが、このような公演企画では重要ではないかと感じたのです。「客層に対する想像力」という言葉で18:30開演に対する疑問を書いたのは、こうした思いからでした。

私自身、今回のスケジュール調整には苦労しました。昨年の『あゆみ』を観逃してしまい(7日間公演なのに行けなかったのは、このエントリーに書いた時期と重なっていたからです)、あとから劇評を読んでたいへん悔しい思いをしましたので、「シアタートラム ネクスト・ジェネレーション」を心待ちにしていました。オムニバスで「あゆみ」自体も上演されると知って期待が倍増したのですが、上演日時を見てショックを受けました。私が行けると思えたのが、初日ソワレのみだったからです。平日夜をピンポイントで抑えるのは仕事の関係で難しい面があり、せめて2日間のどちらかを選べたらと思ったのが率直な感想です。その思いが「平日18:30開演はないだろう」というタイトルになりました。

物事には事情があり、当事者にしかわからない苦労というものがあると思います。toi側も考え抜いた上で18:30開演にしたのだと思いますが、同じように18:30開演が理由で都合が合わなかった社会人もいるかも知れません。22:00退出が絶対に動かせないものだとしたら、確かに私が一方的なことを書いたことになりますが、劇場主催の「シアタートラム ネクスト・ジェネレーション」という性格を考えると、開演時間の設定にまだ検討の余地があったのではないかと思うのです。こうした公募企画における劇場と上演団体の関係性も含め、考える契機になってほしいと願って書きました。

私が開演時間にこだわるのは、小劇場演劇の観客を増やしたいという一心からです。映画とまでは行かなくても、演劇がもう少し身近な存在になってほしい、職場や学校で感想を語り合える世の中になってほしいと願う演劇人は多いと思います。その場合、すでにいる観劇人口のパイを奪い合うのではなく、これまで演劇を観なかった人々を劇場に呼ばなければなりません。少しでもハードルを低くするため、開演時間は少しでも遅くしたいのです。三軒茶屋で行なわれる公演なら、仕事帰りにふらりと寄ってみたいと思わせる開演時間であってほしいと思います。

千秋楽にこだわるのは、評判が伝わって千秋楽に駆けつける観客が実際にいるからです。私が公演日程を日曜終わりではなく平日まで延ばすべきと提言しているのも、週末のクチコミが伝播する時間を計算してのことです。人気が出てチケットが前売中心になると、大楽から売れるようになります。これは「最後のステージを観たい」というファン心理によるものですが、この後に追加公演を入れてしまうと大楽でなくなってしまい、早めに大楽の前売券を買ったファンに申し訳ないことになります。このため、追加公演は大楽をずらさないように入れるべきではないかと考えています。

小劇場演劇は私が関わりだしてこの方、つくり手も観客も入れ替わりを繰り返していると感じます。新しい世代が出てくるのはいいのですが、一部を除いて上の世代が〈卒業〉していってしまいます。観客も7年ほどで一回りしてしまうのではないでしょうか。若い演劇人はこうした経験は少ないと思いますが、このサイクルを何回も経験していると、なぜ小劇場に人が定着しないのか、とても虚しい気持ちになります。環境を急に変えることは出来ませんが、可能な部分から少しでも変えていき、もっと多くの人々が集う世界であってほしいと願っています。特に制作面では変えるべき点がまだまだあると思い、今回のようなケースでは問題提起をしてしまうのです。

最後に、先のエントリーのコメントで「変わったことをやろうとする演出家」という表現でご指摘を受けましたので、補足しておきます。この表現は私にとって賛辞なのですが、問題提起のエントリーの中で使いましたので、ネガティブな印象を持たれたかも知れません。シベリア少女鉄道は毎公演非常にトリッキーな作品を上演していましたので、その対比の中で「変わった」という表現になりました。私にとって『耳をすませば』の印象はかなり強く、そちらに引きずられてこうした書き方になりました。

もちろん「反復かつ連続」は柴氏のオリジナルで観応えのある作品でしたが、観客が入れ替わる小劇場演劇では、ともすればシベ少の初期作品は忘れ去られがちです。演劇はライブの表現ですから観客の記憶にしか残らないわけですが、作品に立ち会った観客がせめてひとこと触れてもいいのではないかと考え、シベ少を基準にした書き方になりました。「反復かつ連続」しかご覧になっていない方には不親切だったかも知れません。次回からはもう少し言葉を尽くすようにしたいと思います。