演劇制作者にも広くオススメしたい映画プロデューサーの自伝です。
日経BP社
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後発の日本ヘラルド映画(現・角川映画)にいた原正人氏が、大手に対抗するためマーケティングを強化し、「宣伝のヘラルド」の異名を欲しいままにした時代。ヘラルド・エースでミニシアターブームを巻き起こし、本格的に製作に乗り出していく逸話の数々。資本が角川書店に移ってエース・ピクチャーズへ社名変更し、合併でアスミック・エースエンタテインメントになって、製作色がさらに強まっていった近年。これらを誰もが知っている作品のエピソードで語るわけですから、面白くないわけがありません。
『ジョニーは戦場へ行った』の名コピー、手塚治虫監督の大人向けアニメ『千夜一夜物語』、『エマニエル夫人』空前の大ヒット、宣伝のために大型トラックを空輸した『コンボイ』、世界で最初に出資を決めた『地獄の黙示録』、ミニシアターの代表作『蜘蛛女のキス』『薔薇の名前』『ニュー・シネマ・パラダイス』もヘラルド・エース配給です。そして『戦場のメリークリスマス』国際共同製作、『瀬戸内少年野球団』『乱』『デルス・ウザーラ』、アニメ『銀河鉄道の夜』、『スワロウテイル』『失楽園』『リング』『らせん』と続いていきます。まさに洋画・邦画の両方を支えた人物だと思います。
映画ですから、資金調達の厳しさは演劇の比ではありません。規模が大きくなるとファンドを駆使し、それでも足りない場合はギリギリの調整を迫られます。「映画作りは、いかにファイナンスのスキームを作るかから始まります」「いくら思いが強くても、資金調達やマーケットに出す仕組みの両方がしっかりしていなければ、本当の意味で映画は完成しないのだ」という文章にうなずかされます。
脚本を重んじるのも映画の特徴で、監督が脚本を兼ねるよりも、「プロデューサーが持つイメージを実現できる脚本家に依頼する方が、理想的なスタイル」と指摘しています。そして撮影は監督とラインプロデューサーに任せ、編集で口出しするのがプロデューサーだとしています。日本は監督に編集権を持たせるのが一般的ですが、それでも「最初の観客の視点」でアドバイスすべきとしています。稽古場で通し稽古を見る演劇制作者も同じではないでしょうか。
『千夜一夜物語』で渋谷パンテオンの扉が閉まらないほどの大入りになったとき、手塚監督は毎日ポケットマネーでチケットを買って劇場に通ったといいます。それは満員の観客が喜ぶ顔をナマで見たかったからではないか、と著者は想像しています。同様に、若手監督たちにもこの喜びを知らせたいと書いています。『リング』の中田秀夫監督は超満員の初日挨拶で、「大劇場が超満員になるというのは、こんなにうれしいものなのか」と語ったそうです。プロデューサー冥利に尽きる言葉でしょう。
最後にこれを書いておきたいのですが、映画界の先頭を駈け抜けてきた原氏を、さぞかし体育会系の屈強な人物とイメージするのではないかと思います。しかし、実際の著者は結核を患い、無理が利きません。酒が飲めないため、夜の付き合いも出来ないそうです。それでもチームを組んで役割分担し、プロデューサーとして手腕を発揮してきたのです。「一人一人は二流でも、チームを組んで、弱点を補い合えば、一人の一流人間よりずっと強くなれるのです」
演劇界でこれを上回るプロデューサー論が出版されるには、まだ時間がかかりそうです。
こちらの記事を読み、原さんの本、読みました。
とても面白く勉強になり、また、励まされました。
創作に向ける愛を感じる本ですね。