この記事は2006年12月に掲載されたものです。
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王子小劇場プロデュース『俺の屍を越えていけ』

カテゴリー: fringeのトピック以前 | 投稿日: | 投稿者:

●「fringe blog」は複数の筆者による執筆です。本記事の筆者は 荻野達也 です。

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王子小劇場初の本格的プロデュース公演を12月22日に拝見。劇場企画「王子トリビュート」第1弾「畑澤聖悟作品連続上演」の1本目になります。私自身はこの作品は初見です。

評価も得ている畑澤氏の戯曲ですが、私がどうしても腑に落ちないのが「なぜ舞台を放送局にしたのか」ということです。青森の放送局(ラテ兼営)の若手社員たちが、リストラされる管理職を社長命令で決める物語ですが、独立U局ならまだしも、ラテ兼営ならローカル局でもこんなことはあり得ないでしょう。あり得ない設定で意図的に寓話にしようとしているのかも知れませんが、それにしては中途半端にリアルさも追求しており、そのバランスがしっくりこないのです。

ラジオドラマを多数執筆し、放送局の現場も熟知している畑澤氏が、ステレオタイプと思えるエピソード(ラジオドラマの効果音、アナウンス部のお局様的話題など)を散りばめているのも、わかりやすさ、親しみやすさを狙ってのことだとは思いますが、「多数決が絶対ではない」というテーマを追求するのなら、観客がもっと切実に共感出来るシチュエーションがあったのではないでしょうか。あるいは本当に放送局を舞台にしたかったのなら、もっと現場の魂の叫びを書いてほしかった。あり得ない設定の戯曲は世の中に多数ありますが、その設定をいかに早く観客と約束事に出来るかがポイントだと私は思います。その意味でこの描き方は消化不良なのです。

この戯曲で最もリアリティを伴った台詞は、ラジオ制作を希望しながら営業部に配属された社員が漏らす「回されちゃった」だと思います。同期が第一線のディレクターとしてどんどん番組を任されているのに、能力のある自分が制作現場にいない。会社組織でよくある人事ですが、放送局勤務といえばディレクターや記者を思い浮かべる観客が多い中で、印象的なシーンです。この部分は物語のサビに使われていますが、リアルすぎる心情だけにここだけが突出し、非常にもったいない感じがします。

俳優陣は健闘していると思いますし、劇場プロデュースならではのキャスティングだと感じましたが、ステレオタイプのエピソードをエネルギッシュに演じたのでは、それが際立ってしまいます。この戯曲をそのまま上演するのなら、もっと抑制した演出にする手があったのではないかと思います。

中堅の劇作家をトリビュートする企画自体はユニークで、新作偏重主義の是正にもつながると思いますが、それだけに戯曲への期待が膨らみます。これが畑澤氏を代表する一本だとは私は思いたくないし、プロデューサーは戯曲の選定について、もっと観客を驚かせてほしいと思います。辛口になりましたが、来年度から全公演の審査を始める王子小劇場の基準になる作品ということで、敢えて書かせていただきました。