劇場法(仮称)を含めた新しい文化政策に対しては様々な意見が出ているが、支援制度を従来の赤字補填方式から、黒字を認めた事業そのものへの助成にシフトすることについては、反対する演劇人は誰もいないのではないかと思う。赤字を前提とした予算組みでは芸術団体の運営が不可能なわけで、これまでの助成制度は根底から覆ることになる。
芸術団体も喜んでばかりはいられない。黒字の事業にも助成されるとなると、年間収支がディスクロージャーされなければならない。そうでないと、公的資金による助成を受ける資格はないだろう。そのためには任意団体ではなく、法人格を取得して社会的責任を明確にすることが重要になる。任意団体でも正確な収支報告は不可能ではないが、契約行為が代表者の個人名義になり、代表者と団体の財産が曖昧になって、継続的な活動をする上で弊害が必ず生じてくる。
これまでは小劇場系カンパニーが法人格を取ろうとしても、それにふさわしい選択肢がなかったという実情がある。有限会社(2006年で新規設立終了)や株式会社などの普通法人になるか、公益性を打ち出して認可制のNPO法人を目指すしかなかったわけで、活動暦の長いカンパニーであっても、その多くが任意団体のままになっている。02年から中間法人という任意団体からの移行を促す制度も出来たが、非課税措置がなく、カンパニーで取得したのは劇団昴ぐらいのものだっだ。
それが08年の公益法人制度改革で大きく変わった。新たに一般社団法人という法人格が生まれ、登記するだけで設立可能になった。非営利が徹底していれば公益法人と見なされ、NPO法人と同様の法人税非課税措置(会費・寄付金などが非課税)もある。さらに大きいのが、NPO法人は会員の入会を原則として拒めないが、一般社団法人は会員を限定出来る。このため、カンパニーのような芸術的価値観の共有が必要な集団では、むしろNPO法人より適しているという考えもある。
一般社団法人というと、ひどく大仰な名前に聞こえるかも知れないが、町内会、同窓会、サークルなども対象になるぐらいで、気後れする必要は全くない。こうした団体は定期的に代表者が変わるため、そのたびに銀行口座の名義変更が必要だった。規模の大小に関わらず、団体名義の口座・事務所・電話などの契約が必要だったり、寄付や雇用が発生する場合は一般社団法人を目指すべきだろう。
演劇は数百人規模の観客から数千円のチケット代を取るため、実際には赤字であっても、部外者にはどうしても営利事業に見えてしまう場合がある。このため、二足のわらじで演劇活動を行なっている人の中には、そのことをカミングアウト出来ないこともあった。関西在住時代、私の周囲には高校教諭をしながら演劇活動を続ける知人が複数いたが、いずれも勤務校に絶対知られないよう気を遣っていた。本来なら堂々と宣言し、同僚や生徒たちにも観てもらいたかったはずだ。当時の関西が遅れていたのだと思うが、いまなら非営利型の一般社団法人格を取得することで活動を認知してもらい、公務と演劇の両立を図ることも出来るのではないか。非営利法人格は二足のわらじ、ハーフタイムの演劇人のライフスタイルを応援する武器になるのではないかと私は思う。
折りしも、オペラの統括団体である日本オペラ連盟の文化庁支援金不正受給が7月26日発覚した。5年間で6,273万円を水増し請求していたという。団体の維持経費を含めるなど、赤字補填方式が生んだ歪みと言えるが、多額の支援を受ける団体が任意団体のままというのも問題なわけで、早ければ来年度から助成金申請に法人格が義務づけられてもおかしくないと思う。
asahi.com「オペラ連盟、国費6273万円不正受給 経費を水増し」
http://www.asahi.com/national/update/0726/TKY201007260538.html
演劇分野でも、統括団体では日本演出者協会、日本舞台美術家協会、日本舞台音響家協会、日本舞台監督協会などがまだ任意団体のままだ。これらは法人格取得が急務だろう。カンパニーに至っては、法人格以前にきちんと会計処理が出来ていないところも多いはずで、まずは経理財務を担える人材が必要だ。
こうして流れを見越して、芸団協は03年から財務会計セミナーを続けてきた。今年からはインターネットを使ったEラーニングも開始し、全国から自分の空き時間に合わせて受講出来るようになった。カンパニーの法人格取得は地域に関係なく、全国一律の課題である。こうした格好の機会をとらえて、地域のカンパニーこそいち早く法人格取得を目指してもらいたい。東京で知名度のある任意団体より、地域で非営利法人格を取得しているカンパニーのほうが助成金採択されやすい時代が来るかも知れないのだ。
公益法人制度改革では、このほかにも一般財団法人、公益社団法人、公益財団法人が生まれ、従来の財団法人が公益財団法人へ移行の真っ最中だ。セゾン文化財団が7月1日から公益財団法人に移行するなど、演劇人も身近でその変化を感じているだろう。公益法人になると新公益法人会計基準が適用され、ディスクロージャーがより明確になる。このため芸団協は「実演芸術の将来ビジョン2010」の中で、公益財団法人が多いオーケストラから団体助成を復活させることを提唱している。
演劇界では平田オリザ氏の『芸術立国論』以来、「演劇の公共性」が強く叫ばれてきた。それを背景に演劇への支援制度も充実してきたわけだが、支援を受ける側の責任として、財務会計による非営利のディスクロージャーは当然のことだろう。それがこれまでは助成金の赤字補填方式でうやむやになっていただけで、演劇界が責任を果たしていなかったと言われても仕方がない。NPO法人格を取得したところは別にして、多くのカンパニーが財務会計の面で矛盾を抱えていたわけだ。「演劇の公共性」を制度的に担保するためにも、新しい法人格が誕生したからには、任意団体は非営利型一般社団法人への移行を真剣に検討すべきだと思う。
一般社団法人の設立費用は、登記だけなら11万円強。行政書士や司法書士に頼むと手数料を8万円ぐらい取られるので、自力でやったらいいと思う。法人登記はそんなに難しくないし、詳細なサンプルもネットで公開されている。公証役場や法務局へ足を運ぶのも勉強になるだろう。継続的に演劇活動を続けるなら、必要な投資だと私は思う。
(ミニアンケート実施中)
任意団体の方へ。国の支援制度見直しなどを想定し、法人格(一般社団法人・一般財団法人)を取得する考えはありますか?