fringeのトピックスでも報じられましたが、北九州の小劇場シーンを支えてきた「スミックスホールESTA(エスタ)」が09年3月末で閉館と発表されました。
16年で老朽とは言え、とてもとても残念です。
地元のほとんどの劇団が、ESTAでの公演経験を持つと言っても良いでしょうし、何より私の制作者としてのスタートとオープンの時期がほぼ同じであったことで、ESTAはかけがえのない「ホームグラウンド」となりました。
ESTAでは、時には仕込みと同量くらいの作業で「客席作り」をせねばなりませんが、その分、時々の空間に合わせた「客席」を用意出来ました。
(客席作りのノウハウも鍛えられました。)
ESTAでの公演を前提とした稽古には、格安の「リハーサル使用」の枠がありました。
また1週間プランもあり、破格値で「月曜~タタキ、仕込み、リハ、週末本番」という贅沢な行程が組めました。
しかし、そんなことよりも、ESTAの運営スタッフが全員「音楽・演劇を愛している」ということが重要でした。
舞台制作会社(照明・音響・舞台)のSAMが運営を委託されており、そのスタッフによる対応・アドヴァイスは「一緒にイイモノ作りましょう!」という気持ちに溢れていました。
支配人の園田海暉央(そのだ・みきお)氏はSAMの社長ですが、北九州大学(現:北九州市立大学)在学中、演劇研究会でオオアバレしていた人物でもあります。「劇研を一度潰した男」として有名。それは学校側の禁止する行為に「表現」が分け入ったからですが。
私は学生の時分に最初にお世話になった照明会社がSAMでした。
ちいさなダンススタジオでの企画などで制作デビューをし始めた頃、「ESTAのこけら落とし」の企画を任されました。
やってみたのはいきなり「2劇団の昼夜入れ替わり公演」。
同じホールで1日で「違う作品」を観られるというもの。
最初は「同じ吊り込みで、装置も簡易に・・・」なんて思ってたのですが、2劇団の「こだわり」と、作品内容に合わせた展開を最大限尊重するうちに、全く違う仕込みを毎日せねばならない状態に。
ホールの技術スタッフ総動員でこれにあたって頂きました。
大変だったのですが、オープンにして「ESTAの底力」を見せつけることに繋がったと思います。
北九州演劇祭の10周年記念公演もESTAで行いました。
ク・ナウカの宮城聰氏を演出に招き、飛ぶ劇場・泊篤志の『IRON』を、10周年にかけて「10ステージ行う」という企画。
市民参加でしたので、稽古期間も長く、本番も毎日全員が揃うのか?との不安と闘いながらでした。
ステージにあがる人数が最大30名を超えるため、ソデや楽屋の問題もありました。
楽屋に関しては当時空いていた1階部分を利用させてもらうなど、便宜をはかってくれました。
昨年の夏は韓国のシンミョンのマダン劇を行いました。
基本、野外劇なのですが、台風が直撃したため、なんと初日はホール内に仕込み替え。
翌日、野外に仕込み直して、2日間で「ウチ・ソト」の2種類の公演を敢行。
大所帯での食事もホールで炊き出し。
これら全てが行えたのは、ESTAの理解と協力あってのことです。
その「ESTA」の閉館を、黙って見てはおれません。
建物はすぐに取り壊されるわけではないようなので、「運営継続の要望」を署名活動として行うことにしました。
ESTAの常連は劇団に限ったことではないし、私もここ数年は、「年に1度」くらいの頻度での使用になっていました。
しかし、この運動は「私が始めるしかない」と腑に落ちるものがありました。
そこで企画をし、アーティストの「やりたいこと」が膨らむのを見、お客様の喜ぶ顔、「ありがとう!」の声を頂いた者として、つまりは【制作者】として北九州でやってきた者が、声をあげなくてどうする、と思ったのです。
9月末までを一旦の期限としておりますが、どうぞ皆さん、心寄せて下されば幸いです。
期間限定活動の成果を祈ってるよ。
MAKE A WISH!
信じてる。