この記事は2008年8月に掲載されたものです。
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柿喰う客『真説・多い日も安心』

カテゴリー: fringeのトピック以前 | 投稿日: | 投稿者:

●「fringe blog」は複数の筆者による執筆です。本記事の筆者は 荻野達也 です。

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※文中、柿喰う客『真説・多い日も安心』のネタバレを含みます。

東京の20代で大きな注目を集めている、柿喰う客『真説・多い日も安心』を吉祥寺シアターで観ました(8/23ソワレ)。今回が第14回公演で、私は初見になります。

以前から観たいとは思っていたのですが、最近は前売完売が多く、希望日時と予定が合わなかったこと。年4~5本という多作で、観逃してもすぐ次があるという状況だったこと。そして宣伝物(特に本公演)が私にとってはあまり魅力を感じなかったことも遅れた理由です。

アンナミラーズ風コスチュームの女優やマスコットキャラクターを前面に押し出した宣伝は、意図的にやっているのだとは思いますが、作品内容の紹介が乏しく、今回のチラシもデータ部分だけ差し替えればどの公演でも使えそうです。「妄想エンターテイメント」だからキャラクターでいいという理論なのかも知れませんが、いまのままでは弊害も多いのではないかと感じます。

私自身がプロデュースしていた遊気舎でも、ずっと後藤ひろひと氏のイラストをメインビジュアルやマスコットに使用していたのですが、それを喜ぶコアなファンがいる一方で、未見の観客には固定概念を与えてしまう部分があり、第16回公演ぐらいから位置づけを変えていきました。観客は団体ではなく作品を観に来ていることを忘れてはならないと思います。

物語はアダルトビデオ業界が支配する王朝と秦の始皇帝を重ね合わせたもので、出演者38名の多くがAV監督、AV女優、AV男優という奇想天外な設定。人気絶頂の女優・サラサーティが始皇帝となり、AVの魅力で人民を掌握するため、常に新作を生み出す義務が課せられ、撮影の邪魔となる生理が問題になっていきます。第4回公演のリメイクということで、主要な登場人物がほとんど殺されてしまう3分の2ぐらいまでの本筋は非常によく出来ています。「休むに似たり」などが指摘しているように、「つか芝居」を彷彿させる躍動感もあります。

しかし、そこからが今回手を入れたところなのか、手近なオリンピックや「24時間テレビ」をモチーフにした安直と思える構成で、どんな展開を見せてくれるのか期待していただけに、肩透かしを食らった気分でした。ローマ帝国からの使者、万里の長城建設に従事するAV監督など、伏線として使える登場人物も配置していたのですが、最後まで本筋に絡みませんでした。こうしたジェットコースター的エンタテインメントには、終盤における拡散から収束のダイナミズムが不可欠ですが、単なるエピソードの玉突きだったのが物足りなさを感じました。せっかく印象的なラストシーンを用意しておきながら、それがカタルシスにつながらないのです。

ポストパフォーマンストークで作・演出の中屋敷法仁氏は、初演では人民が王朝を倒す内容だったのを、疑問を感じて今回は変わらないようにしたと語っていました。終盤の強引とも思える展開はそのせいかも知れませんが、吉祥寺シアターでの11日間公演ですし、もう少し練ったものを見せてほしかったと思います。これが多作の弊害だとしたら、公演間隔を置くことも必要ではないかと思います。

すでにシアタートラムを経験しているだけあって、吉祥寺シアターの使い方は観ていて安心感がありました。舞台美術を始め、スタッフワークも手馴れていると感じます。ただ、衣裳はもっと凝ってほしい(特にワンポイントのキャラほど)。神は細部に宿るのです。気になったのが、アクティングエリアの固定化。俳優がアクティングエリアに着いてから演技するような感があり、出ハケが単なる入退場になってしまっています。小劇場なら気にならなくても、中劇場ではお笑い芸人のライブを見ているような違和感があります。切穴や袖から登場するときから演技をしてほしいと思います。伝統芸能を意識した演出だとしても、もっとパターン化が必要でしょう。

物語の単調さについて私とほぼ同じ指摘をされている「PLAYNOTE」の谷賢一氏が、「柿はいつも、ネタや空気感にあえてユルユルなところを作りつつも、劇構造や空間演出がギッチギチに完成されており、その中で遊ぶ安心感のようなものがある」と書かれていますので、たぶん今回は出来が悪いのでしょう。谷氏が「wonderland」に寄稿した『傷は浅いぞ』レビューを読むと、次回作に期待したい気持ちになります。もちろん圧倒的な存在感はありますし、観る価値はあるとは思うのですが、吉祥寺シアター進出の割には全力を出し切っていないように思え、私はそこが不満でした。

fringeなのでこれも触れざるを得ませんが、今回はやはり専任制作者が初日4日前まで俳優として他公演に出演したことの是非が問われるでしょう。「たくさんの仲間や劇団員が協力して」くれたとのことですが、動員数1,644名のカンパニーが総キャパ3,000名以上の公演に挑むなら、普段以上の準備が必要なはず。私自身、票券(※1)やDM(※2)に関して「あれっ」と思いました。責任者として判断を下すタイミングが遅れる要因になったのは事実ではないでしょうか。

出演者が非常に多いということは、いつまで経ってもギャラが出せないことを意味します。これは毎回30名前後を出していた遊気舎でも永遠の課題でした。柿喰う客の場合は劇団員は少数ですが、集団の醍醐味が持ち味だけに、この部分をどうやって切り開いていくのか、制作的に非常に興味深いところです。

(※1)チケットは公式サイトのWEB予約で申し込みました。当日朝にはリマインダーメールまでいただき感心したのですが、受付に行ってみると招待とのこと。だったら、支払方法まで書かれたリマインダーメールの発送を止めるべきだし、来場者リストを確認するのが遅れたのだろうと思います。最初からお支払いするつもりでしたので、今回は有料で拝見しました。

(※2)観劇後の8/25になぜか招待状が届きました。動員状況を見ての追加DMが入れ違いになったのだと察しますが、いずれにしても判断が……。