「笹部博司のプロデューサー塾」第2回後の飲み会で、「維新派のような集団はもう現われないのだろうか」という話題になりました。そこで勝手な予想ですが、私は「ゴキブリコンビナートが突然変異して、維新派のような洗練されたスタイルになってもおかしくない」と言いました。
現在の維新派しか知らない方が、ヂャンヂャン☆オペラ以前の旧・日本維新派を体験したら、きっと驚愕するでしょう。当時の関西では、ゴキブリコンビナートと同じような立ち位置だったと言っても過言ではありません。表現の方向性、客席との距離感、特設舞台への執着など、多くの共通点があったと思います。衣服の汚れを気にしながら恐る恐る観劇するスタイルも同じでした。
当時の観客が現在の維新派と松本雄吉氏を知ったら仰天するように、表現手法の変化があれば、ゴキブリコンビナートとDr.エクアドル氏が20年後に演劇界のスーパースターになっていても決して不思議ではないと私は思います。
維新派は、全国的に紹介されるのがとても遅かったと思います。東京の演劇評論家・演劇記者の多くが、1991年に汐留の旧・国鉄コンテナヤードで『少年街』が上演されるまで、関西取材をしようともしませんでした。それが仕事なのに……(「wonderland」を主宰する元・共同通信文化部の北嶋孝氏は数少ない例外)。大阪に本拠を置く遊気舎の制作者になった私にとって、このときの東京不信、評論家不信が地域支援を志向する原点となっています。
この記事を書くために維新派サイトの年表を見ていたら、間違いに気づきました。スクラップ・オペラ『INDEX』が90年7月・扇町ミュージアムスクエアになっていますが、これは89年7月の誤り(1989/7/26~7/27)。そして89年8月にはタイニイアリスで上演しています(1989/8/9~8/13)。これが維新派の東京初公演になります。