私が制作者として最も心掛けていることの一つが、見やすい客席を提供することです。これは文字どおり、見切れを起こさないこと。最近は端の客席から舞台が見えない「横の見切れ」への意識も高まり、小劇場界でも舞台美術が決まるまで売り止めが一般的になりましたが、私がまだまだ意識が低いと思っているのが「縦の見切れ」です。
縦の見切れとは、客席の高低差がない場合に前の観客で視界が遮られる現象で、私はこう呼んでいます。客席後方に限らず、舞台面が低くて客席に段差がないと、どの位置でも発生します。私の経験では、舞台が平土間で客席が同じ高さで3列続くと、3列目は相当しんどくなります。
縦の見切れは、客席段差を計算されてつくられている固定席の劇場では起こりません。舞台や客席を毎回仮設する平土間の小劇場や多目的ホールで起こりやすいのです。対策には経験が必要なのに、逆に経験の浅い小劇場で発生してしまうという、制作者泣かせの現象です。今年は地域を代表する公共ホールの制作者が、旅公演先の小劇場で「縦の見切れ」を起こしている場面に遭遇しましたので、キャリアを問わず制作者が注意すべきことだと改めて痛感しました。
縦の見切れへの対策は二つ。舞台面を上げるか、客席段差をもっとつけるかしかありません。客席を千鳥に並べるのは、フラットな状態ではさらに視界を遮って、逆効果になる場合もあるようです。
床面がユニット単位で昇降可能なホールは、その機構を使って簡単に客席段差をつけられると思い込みがちですが、ユニットに奥行があるため、実際には段差が3列ごとしかつけられず、平台を敷いても不充分なケースがあります。これにいち早く気づいた伊丹AI・HALLはアルミ製の専用ユニットを購入し*1 、客席雛壇を組めるようにしています。東京では東京芸術劇場小ホール1*2 が同じ機構ですので、特に注意する必要があります。
ご存知の方もいると思いますが、私は関西時代、俳優がほとんど見えないラジオドラマ状態の公演に遭遇し、そのカンパニーやスタッフを糾弾したことがあります。演出家が稽古場で目にする俳優の姿は、視界を遮るものがない特等席からの見え方です。しかし、劇場には様々な席があります。床に座り込む演出をつけるのなら、それがどの位置からも見えるよう舞台美術や客席配置を調整する必要があります。稽古場の感覚で公演を打つ行為が、私には許せなかったのです。演出上どうしても見えにくい席なら、席種を分けて販売すべきですし、そうなると演出家の範疇を超えた制作者の領域になるでしょう。芸術面の評価と、公演を打つことは別物です。
小劇場界では演出の言うことは絶対だし、劇場に入れば舞台監督に従うのが通例です。しかし、客席は制作者が責任を負うものですし、客席配置については演出や舞台監督より制作者がイニシアチブを持つべきものです。商業演劇の世界では、客席を売る営業部が席種や見え方について大きな発言力を持っていると聞きます。劇団四季が巡演先の劇場での見え方を調査し、詳細な席種設定をしているのも有名な話です。大崎のキャッツ・シアター開館時に見切れが発生し、全額返金したのも記憶に新しいところです。客席については、小劇場界は商業演劇を見習うべきでしょう。
もちろん、縦の見切れに敏感な演出家もいます。先日、劇団桃唄309主宰の長谷基弘氏が、劇場下見の際に客席段差の高さを知りたいと言われているのを耳にしました。段差がこれだけあると視界がこれだけ広がると、具体的な数字を挙げて説明されているのを聞き、観客の一人として安心感を覚えました。
他者を批判しているわけですから、自分の公演で見切れを発生させるわけにはいきません。舞台監督には客席づくりを前倒しで依頼し、客席のあらゆる位置に座って、「座高の高い人が前に来ても舞台が見えるか」をイメージトレーニングするのが、私の遊気舎時代の慣習でした。少しでも不安を感じたときは、平台をもう一枚敷きました。小劇場は均一料金が多いわけですが、だったら本当に全座席からの見やすさを保証しているのか、制作者は自問自答すべきだと思います、保証出来ないなら、席種を分けるほうが観客は納得します。
「縦の見切れ」が発生するかどうかは、その劇場を熟知している小屋付きの方なら事前にわかるはず。貸館であっても、小屋付きがもっとカンパニーに助言してください。観客にとって、自主事業か貸館かは関係ありません。見切れがあれば「見えにくい劇場」というマイナス評価になるだけです。それを防ぐためにも、打ち合わせ段階で小屋付きが「舞台面をもっと上げろ」と言ってほしいのです。