今月9日に三重県津市でオープンした劇場「津あけぼの座スクエア」(以下スクエア)のこけら落とし公演を観に行きました。
演目は京都の劇団、烏丸ストロークロックの『仇野の露』。以前に京都で上演されたものの再演でした。ちなみにこの作品は京都の舞鶴、津、岡山をまわるツアーで上演されるものです。
新しい劇場は津駅から徒歩10分ほどにあり、もともと幼稚園の講堂だったところを改装したということです。津市にはすでに、津あけぼの座(以下、あけぼの座)や三重県文化会館(以下、三重県文)など最近全国にもよく知られる劇場がありますが、このスクエアの誕生で、三重県文小ホールの200-300席、スクエアの100席程度、あけぼの座の50席程度と(小劇場演劇にとっての)大中小サイズの劇場がそろったということで、こけら落とし公演の初日は一つの劇場が誕生した以上の高揚感があるように思われました。
ただ、わたしはここで新しいハード(施設)ができたことよりも、津でかいま見た”人のネットワーク”を強調したいと思います。三重県文という公立劇場とあけぼの座やスクエアという民間劇場が近隣にあるわけですが、それぞれの事業を統括するスタッフの連携が極めて密であると。他地域でよくあるのは、民間劇場と公共ホールには垣根があって、そっちはそっちこっちはこっちと、役割分担といえば聞こえはいいですが、要は無関心であったり対立することすらある。
津の場合はそこが違うのだろうと感じました。例えば他の地域からアーティストがやって来る話があったとして、公共ホールとしての三重県文と民間劇場としてのあけぼの座あるいはスクエアがそれぞれに何ができるかと検討がなされる。そして、まずはあけぼの座でやってみてせっかくだから次年度三重県文にしましょうか、などと話が”両者で”まとまる(もちろんアーティストの意向もあります)。実際の公演に際しても、テクニカルスタッフや高校演劇の関係者の方などが一同に会してああだこうだと言いながら事態は進んでいく。企画の統括から現場のスタッフ、そして関係者までが見渡せる場所にいて顔が見える。そういう印象でした※。
津の人口規模だから可能になることでもあるのでしょう。確かに大きな街で舞台芸術に携わる人間が多くなればなるほど、その人間関係の把握は難しくなりますし、誰もがそう願っているにしても連携することもまた同様です。だからどこの地域でも津のようになるべきだと主張するつもりはありません。
ただ、おそらく5年ほど前には舞台芸術の分野ではほとんど知られることのなかった地域が(失礼な言い方すみません)、主に東京・関東方面からひっきりなしに作品やアーティストがやって来るような、来たがるようなことになったのには、その地域に核となる人がいて、密なつながりがあってこそ実現したのではないか、いやそうに違いないと、肌身で感じて感嘆したことを報告する次第です。
関西以西の地域も、もっと津に注目するとよいのではと思います。そう思うのは、 わたしが津に来たのが四年ぶりになってしまった不義理をさんざんいじられて、その罪滅ぼしのためだけではありません。
※もちろんそれぞれ単独の事業もあるわけで、すべての公演について他方の劇場が関わっているわけではないはずです。が例えば京都の烏丸ストロークロックは今月のスクエア公演の次には来年度に三重県文での滞在制作があり、今年7月には茨城の百景社が三重県文とあけぼの座スクエアの二劇場で二演目連続上演という企画もあります。こうした企画は二つの劇場の連携から実現したとわたしは想像します。
<参考リンク>
・津あけぼの座/津あけぼの座スクエア→◎
・三重県文化会館→◎
・烏丸ストロークロック→◎
・百景社→◎