この記事は2010年8月に掲載されたものです。
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「図書館法や博物館法があるから劇場法(仮称)を」という例えはやめるべき

カテゴリー: フリンジのリフジン | 投稿日: | 投稿者:

●「fringe blog」は複数の筆者による執筆です。本記事の筆者は 荻野達也 です。

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早ければ今秋にも劇場法(仮称)が国会提出されると言われていた、その今秋が近づいている。本当に提出されるとしたら、私は時期尚早だと思う。

私自身は劇場法(仮称)が目指している考え方自体には賛成だが、それが演劇以外の舞台芸術分野や観客の合意形成に至っているとはまだ思えないし、劇場法(仮称)推進派が先例としてきた博物館法の対象となっている美術館がこのままでいいのかは、考えれば考えるほど疑問に感じる。

もし、このまま劇場法(仮称)が成立してしまったら、舞台芸術も領域にしている公立美術館はどうなるのだろうか。青森県立美術館シアター(博物館相当施設)、金沢21世紀美術館シアター21(博物館相当施設)、高知県立美術館ホール(登録博物館)など劇場施設を有するところはもちろん、いまや現代美術と舞台芸術はインスタレーションなどで不可分の領域になりつつある。専門職員の配置や指定管理者制度の適用外を目指している劇場法(仮称)とバッティングするのではないだろうか。

客観的に見て、劇場・音楽堂が指定管理者制度に馴染まないのなら、継続的な調査研究が必要な博物館はもっと馴染まないように思えてならず、本当は博物館法改正が先ではないかという気がする。そしてもっと踏み込んで、美術館は博物館法下での社会教育施設のままでいいのか、劇場・音楽堂と同じ芸術文化施設に位置づけ、劇場法(仮称)の枠組みを広げて取り込んでしまうような議論があっていいと思う。

こういう議論は当然時間がかかるわけで、私は2年ぐらいかけて制度設計すればいいと思う。いま劇場・音楽堂だけに絞って法律をつくるのは比較的簡単だろうが、それで本当にいいのかどうか、演劇人以前に日本人としてもったいないと思う。「他の業界のことは知りません」「とりあえず演劇界がよくなればいいんです」という進め方は、観客から見てもオーソライズされにくいのではないだろうか。

「法案が通るときに通してしまえ」「必要ならあとから改正すればいい」というのは、政治的手法としてはわかるが、こういうときに腰を据えてじっくり考えるのも大切なことではないだろうか。文化芸術振興基本法と同じ進め方は避けるべきだ。

劇場法(仮称)推進派が使っている「図書館法や博物館法があるから劇場法(仮称)を」という例えは、劇場を支える個別法が必要という趣旨で使っているのだろうが、そのまま解釈すると現状の博物館法を肯定しているように聞こえる。実際は、博物館法が定めている登録博物館は運営面のデメリットが多く、むしろ登録を避けているのが現状だ。劇場法(仮称)が反面教師にしなければならない存在ではないのか。誤解を招きやすいので、私はこうした例えは使うべきではないと思う。例えるなら図書館法だけにすべきだ。

(参考)
視野を広く、もっと広く