日本建築学会建築計画委員会文化施設小委員会が企画編集した『劇場空間への誘い――ドラマチック・シアターの楽しみ』(鹿島出版会)が、10月に発行された。2002年に発行された『音楽空間への誘い――コンサートホールの楽しみ』(同)の続編に当たるもので、建築書ではあるが演劇関係者や文化政策研究者の寄稿・インタビュー、全国のケーススタディや取材リポートが掲載されている。
最新刊ということでゼロ年代の公共ホールが事例の中心になっており、その意味では1999年に発行された清水裕之氏(名古屋大学教授)の『21世紀の地域劇場――パブリックシアターの理念、空間、組織、運営への提案』(同)の意思を継ぐ本と言っていいだろう。清水氏自身も本書に寄稿しており、今後の公共ホールの課題として、市民参加の在り方とアーティストとの連携の2点を挙げている。
清水氏の文章で初めて知ったが、長久手文化の家で接遇業務を担当しているボランティアグループ「フレンズ」が、これまでの活動の集大成として、09年に37ページに及ぶ接遇マニュアル「シアターマネジメントマニュアル」を作成したそうだ。フロントスタッフの役割・対応などを丁寧に解説した研修マニュアルらしい。これはぜひサイト上で公開していただきたい。全国の劇場やカンパニーの参考になるはずだ。
本書の大きな狙いとしては、築後数十年を経過した全国の劇場が改修・更改する時期を迎え、これからの劇場はどうあるべきかを提言することにあると思われる。ヨーロッパの改修事情、稽古場施設(芸能花伝舎、京都芸術センター、せんだい演劇工房10-BOX、にしすがも創造舎、急な坂スタジオ)にスポットを当てた取材(NPO法人FPAPの活動も紹介)、劇場を超えた活動を展開している相馬千秋氏(F/Tプログラムディレクター)へのインタビューなどにページを割いているのが、その表われだろう。巨額な予算を投じたわけではない吉祥寺シアター、座・高円寺(東北大学助教・坂口大洋氏によると事業費10億円前後)が新しいパブリックシアターとして評価を得ている姿を見ると、工夫次第で劇場の可能性は大きく広がることを示唆している。編者がいちばん言いたかったのはそのことではないかと想像する。
ただし建築書としての限界か、どうしても劇場が主の扱いで、大規模稽古場施設への視点が欠けているように思えるのが残念だ。創造環境整備に必要なのは稽古場施設であって、行政は劇場の代わりに稽古場ビルを建てるという発想がもっとあっていいのではないか。「演劇に必要なのは、劇場よりも稽古場だ。」がfringeのモットーであり、はっきり言って公演はどこでも出来ると思っている。公共施設のリノベーションで全国に稽古場ビルが誕生する日を夢見ている。
注目すべき点として、本書では小田原市城下町ホール(仮称)で最終案に残り、最優秀を僅差で逃した小野田泰明氏と小泉雅生氏の共同提案を大きくフィーチャーしている。大ホールと二つの小ホールが輪状に連続する構造で、非常にエキサイティングだ。最優秀になった山本理顕氏の案に対しては、地元住民や舞台関係者から反対が起こり、計画を白紙に戻している。小野田+小泉案を舞台関係者がどう見るかは興味深いが、本書は少なくとも山本案に対する意思表示だと私は受け止めた。
これまでの劇場の変遷を知り、これからの劇場を考える資料として意義ある一冊だと思うが、今年から文化施設小委員会の主査として編集を担当した坂口氏自身の論考「創造都市戦略としての小劇場集積エリア」に複数の誤記がある。扇町ミュージアムスクエア、近鉄劇場・近鉄小劇場の閉館年をそれぞれ97年と00年と書いたり(03年と04年が正しい)、劇団名や人名の表記が間違っている。私が気づいた個所を坂口氏に連絡したところ、重版の際に修正するとのことだった。本書を読んで間違った知識を得てしまう読者がいると思うので、ぜひ正誤表を出していただきたい。日本建築学会建築計画委員会及び鹿島出版会にお願いする。
(2010年10月27日追記)
正誤表が鹿島出版会サイトに10月27日掲載された。
鹿島出版会
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