この記事は2011年6月に掲載されたものです。
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日本版アーツカウンシル案は導入を急ぐあまりミスリードが目立つ

カテゴリー: フリンジのリフジン | 投稿日: | 投稿者:

●「fringe blog」は複数の筆者による執筆です。本記事の筆者は 荻野達也 です。

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日本芸術文化振興会が、「文化芸術活動への助成に係る新たな審査・評価等の仕組みの在り方について(報告書案)」に関する意見募集を6月8日締切で実施中だ。今年度から音楽・舞踊分野で試行が始まる日本版アーツカウンシル案へのパブリックコメントである。

短い内容だし、助成の審査・評価に関するものなので、制作者なら誰でもコメント出来るだろう。特に地域在住の方は言いたいことがあるのではないか。福岡の高崎大志氏の指摘はもっともで、「手段と目的を混同した内容」というのは私も同感である。高崎氏は「東京だけにしぼったものとして考えれば、かなり優れた報告書だと思う」と述べているが、東京だけで考えても私は疑問である。皆さんも積極的に意見してほしい。

私の指摘は、アーツカウンシル設置を急ぐあまり、現状の課題抽出が足りないということに尽きる。一通りの課題はあるのだが、その背景を分析することなく、すべてアーツカウンシルで解決可能というミスリードの印象を受ける。現状の会議体には手を付けず、そこにプログラムディレクター(PD)、プログラムオフィサー(PO)だけを加える形となっているが、本来は日本芸術文化振興会や審査委員の在り方も含めて議論し、きちんとグランドデザインを描いてから組織論に移るべきではないのか。

以下、私の提出したパブリックコメントである(実際は論点ごとにメールを分けた)。

(現状の課題分析と議論の進め方について)

本報告書は、現状の助成制度に対する審査・評価等の仕組みを見直すものだが、その前提となる現状の課題分析が不足していると感じる。報告書案4~5ページの課題について、下記の疑問がある。

(p.4、5行目)
・ 応募された活動を審査する委員(以下「審査委員」という。)は外部有識者に委嘱し、公平性を担保するため3年程度で交代することとしているが、審査に当たっての経験やノウハウが蓄積されにくい。

任期が3年程度でも、劇場やサービスオーガニゼーション等で充分な経験を積んだ人材なら、審査委員として即戦力となり得るのではないか。本当の課題は任期ではなく、審査委員の人選自体にあるのではないか。この点について、本報告書はなにも触れていない。

(p.4、9行目)
・ 審査委員の目に触れることが少ない設立間もない団体や地域の団体が不利になる可能性がある。

審査委員が応募団体の作品をどの程度観ているかについては、アンケートを実施すればデータを得ることが可能である。「不利になる可能性」などと曖昧な表現にとどめるのではなく、審査委員が設立間もない団体や地域の団体をどの程度観ているのか、数字で示して検討材料にすべきである。

(p.4、12行目)
・ 募集時に審査基準が明らかにされておらず、審査委員がどのような基準で審査をしているのか不明瞭である。

これも審査委員にアンケートを実施すれば、考えを知ることが可能である。現在どのような基準で審査されているのかを明確にしないまま、PD及びPOの導入を先に論じるのは順序がおかしいのではないか。

(p.4、20行目)
・ 多数の要望書を限られた期間で審査するために審査委員相互の十分な意見交換が行われていない。

審査期間に問題があるのか、意見交換自体に無理があるのか、分析がされていない。分析結果によっては審査委員だけで改善する可能性もあるわけで、これだけではPD及びPOの導入を論じられない。

(p.5、4行目)
・ 公演調査に係る調査報告書や、文化芸術団体等から提出された実績報告書等の内容が次年度の審査に十分活用されていない。

なぜ活用されていないのか、分析がされていない。分析結果によっては審査委員だけで改善する可能性もあるわけで、これだけではPD及びPOの導入を論じられない。

(p.5、7行目)
・ さらに、助成対象分野の動向や、文化芸術団体等に関する公演実績、受賞歴、財務状況等の基本的なデータの蓄積や分析も不十分である。

日本芸術文化振興会の事業内容には、「伝統芸能及び現代舞台芸術に関する調査研究、資料収集・利用」が明記されている。「データの蓄積や分析」は本来のミッションであり、日本芸術文化振興会としてどう取り組むべきかを検討すべき課題ではないか。助成制度の中だけで論じられると、矮小化するのではないか。

以上のとおり、PD及びPOの導入へと結論を急ぐあまり、日本芸術文化振興会や審査委員の在り方そのものについて分析が不足している。まずは日本芸術文化振興会や審査委員がどうあるべきかのグランドデザインを描き、そこから必要に応じてPD及びPOの導入を考えるべきではないのか。

(PD及びPOの役割について)

本報告書が求めているPD及びPOの役割について、下記の疑問がある。

まず、PD及びPOは課題解決のために置かれるものなのに、課題(p.4、9行目)で挙げられている「審査委員の目に触れることが少ない設立間もない団体や地域の団体が不利になる可能性」への対応として、こうした団体の公演に日頃から目配りすることが明記されていない。助成対象となった公演については、

(p.8、31行目)
○ POを中心に、助成対象となった公演に赴き、現地調査を行うとともに、適宜助成対象団体との意見交換等を実施し、助成対象活動の進捗状況を把握するとともに、必要な情報の収集に努める。

と明記されているが、審査段階では現地調査についての記述がない。未見の団体から応募があった場合、どのように対応するのか不明である。

こうした課題を突き詰めて議論すれば、各地域や若手の団体に対応するため、PD及びPOの全国配置や役割分担についても言及されるはずなのに、それがない。それどころか、全員東京勤務で、必要に応じて地域は出張で済ませるのではないかと思われる記述が散見される。それで本当によいと考えているのだろうか。

また、PD及びPOの役割について、審査過程では「助言及び情報提供」に限定され、決定権は従来の審査委員に残されたままとなっている。未見の審査委員がいた場合、「設立間もない団体や地域の団体が不利になる可能性」はどのように担保されるのか、説明がない。

舞台芸術の審査に際して、応募団体の作品を実際に鑑賞しておくことは不可欠であり、それが不充分なことが、現在の助成制度に対する応募者の大きな不満となっている。本報告書では、PD及びPOがいくら公演に足を運んでも、決定権は公演を観ていない審査委員にある。

(p.10、27行目)
○ PD及びPOは、審査及び事後評価の公正性を担保する観点から、審査や事後評価に関する決定権を持たないこととする。

とあるが、設立期間や活動地域を理由に、鑑賞していない団体を書類審査だけで判断すること自体が、公平性を損なっているのではないか。舞台芸術の審査で最も重要なことは、実際に作品をライブで観ることであり、その抜本的改善が図れていない。

助成金額の審議は従来どおり部会の審査委員が担当するとしても、助成対象活動の選定は専門委員会とPD及びPOの合議制、または専門委員会の廃止を含めた検討をすべきである。本報告書のままでは、PD及びPOの助言が専門委員会で活かされない恐れがある。

(基金部事務職員との関係性について)

本報告書が求めているPD及びPOの役割は、日本芸術文化振興会基金部の事務職員が精通している領域と重なっている。その意味で、基金部事務職員こそPD及びPOにふさわしい人材で、外部からの採用だけでなく、基金部事務職員の登用を真剣に考えるべきである。それで事務処理が滞るようなら、基金部事務職員の増員を要求すべきだ。

PD及びPOとして審査・評価に関わることが、基金部事務職員にプライドやモチベーションを与え、助成制度全体の活性化につながるはずである。実務経験のない研究者を登用するくらいなら、現場の基金部事務職員に権限を与えてほしい。