この記事は2007年7月に掲載されたものです。
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田中沙織氏の前説

カテゴリー: fringeのトピック以前 | 投稿日: | 投稿者:

●「fringe blog」は複数の筆者による執筆です。本記事の筆者は 荻野達也 です。

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本来、フロントスタッフはホスピタリティが備わっていてあたりまえで、作品を差し置いてそればかりを特筆すると本末転倒になりますが、優れたフロントスタッフをきちんと評価するのは、私は重要なことだと思います。制作陣のモチベーションにつながりますし、主宰にその重要性を意識させる効果があるからです。フロントスタッフがいかに大切かを意識しないと、技術スタッフのようにギャランティを払って優秀な人材を確保する文化は、いつまで経っても育たないでしょう。

今年上半期に私が観た中で、たいへん心に残る前説がありました。時間堂『ピンポン、のような』4月29日ソワレのことです。場内整理のときから客席位置による見え方の違いを丁寧に説明していたのですが、前説ではさらに心のこもった来場の御礼と諸注意がありました。こうした前説の多くは、音の鳴る機器の電源オフが主目的になっていて、事務的だったり「なんとか携帯を切らせよう」という気持ちばかりが前面に出るケースが少なくないように感じます(もちろん、それも大事なのですが……)。稀に主宰自ら巧みな話術で携帯を切らせるアナウンスもありますが、これはそのどちらとも違う、存在自体がホスピタリティに包まれた素晴らしい前説でした。

川本裕之氏の場内整理がオーラなら、この前説には制作者のありったけの誠意を感じました。演劇に限らず、前説では無意識に本編への自負が出てしまいがちですが、このときは非常にニュートラルで吟味された内容でした。感情を込めすぎると引いてしまうものですが、そこも絶妙のバランスでした。前説という短い時間でしたが、私は時間堂が一つのブランドになった気がしました。秀でた接客一つで、人はそこにブランドを感じるのだと実感させられた瞬間でした。

フロントスタッフなら公演中は誰もがそのカンパニーの一員であると自覚し、そのように振る舞うと思いますが、それが結果的にブランディングにまでつながるような人材は、なかなかいるものではありません。時間堂はなんと優秀な人材を抱えているのか、うらやましく思ったほどです。

この制作者はフリーの田中沙織氏で、今年は時間堂が年間をかけて実施する「時間堂2007計画」に参加しているそうです。柿喰う客の制作も継続しています。今春、桜美林大学を卒業したばかりだそうで、これからが非常に楽しみな人材です。桜美林は蜻蛉玉のときに苦言を呈しましたが、田中氏を含め総合文化学科(現・学群)出身の優秀な制作者を送り出していることも付記しておきます。