この記事は2006年12月に掲載されたものです。
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新国立劇場『エンジョイ』

カテゴリー: fringeのトピック以前 | 投稿日: | 投稿者:

●「fringe blog」は複数の筆者による執筆です。本記事の筆者は 荻野達也 です。

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※文中、新国立劇場『エンジョイ』のネタバレを含みます。

チェルフィッチュの新作が新国立劇場へ初登場です。これは賛否両論でしょう。私は期待して初日(12/7)に足を運んだのですが……。

新宿の漫画喫茶で働く30代フリーターのリアルな姿を、格差社会やフランスの学生デモなどの視点を絡めて描く4幕物です。『目的地』で印象的だったテロップに映像を加え、『恋と自分/とんかつ屋』で成功したビデオ撮影を多数織り込み、過去のテクニックを総動員した感があります。俳優の振付的な動きも派手になった気がします。

見えない位置でのビデオ撮影が新しいという感想をネット上で散見しますが、これは2003年に神楽坂セッションハウスで上演された、なぎさにゆこう『恋と自分/とんかつ屋』と同じ手法です。L字型で対角線上が見通せない会場のため、モニター映像でカバーした作品でした。逆転の発想で見事に悪条件を克服しており、私の岡田利規ベストワンです。『エンジョイ』も舞台装置の裏に本棚をつくり、客席から直接見えない光景を映していました。

そうしたスタイルの面では満足行く作品だったのですが、内容的に雇用の問題を扱うにはあまりに表層的だったのではないかと感じます。ここが難しいところで、意図して表層的に扱い、そこで摩擦を起こすことが狙いという考え方もあると思いますが、個人的視点から世の中を描くのはいいとして、そこに学生デモやホームレスを挿入して普遍化させるのはどうなのかと思います。『三月の5日間』『目的地』が新鮮だったのは、あくまで個人的視点を貫いたからで、社会性は外側に暗示されていました。今回はあまりに真正面から挑みすぎたのではないでしょうか。

「小劇場系」が私の言いたいことを全部書いてくれています。日本で起きていることは、フランスのような社会問題ではなく、個人の問題でしょう。岡田氏は毎日新聞東京本社版12月7日付夕刊で、

日本のフリーターの問題は、労働力の使い捨て=非正規就労の問題です。決して、彼らの資質による個人的な問題なのではありません。

と語っていますが、この認識自体に疑問を感じます。個人の物語に徹するのなら『エンジョイ』はアリですが、それを社会性のあるテーマとして描くのは厳しい。「小劇場系」が指摘しているように、むしろワーキングプアの問題を描いてほしかったです。

照明もどうかと思いました。幕間にスクロール式カラーチェンジャーで色を変えるのですが、その音がキュルキュルと場内に響き渡ります。あれは意図的でしょうか、それとも機材の不調でしょうか。チェルフィッチュのゆるい作風に合わせて、場面転換まで時間をかけるのはどうでしょう。もっとシンプルな照明でも構わないのでは。

チェルフィッチュが新国立劇場に招聘されるのは意味あることだと思いますが、だからといってそれが傑作になるとは限らない。観客にとっても難しいものです。


新国立劇場『エンジョイ』」への1件のフィードバック

  1. 白鳥のめがね

    [演劇][舞台]チェルフィッチュの『エンジョイ』(1)

    『エンジョイ』に関するネット上の感想や批評をグーグルで上位にヒットするものから順番に読み始めた。時間の許す限り年始にかけて丹念に読んでみようかと思っている。今日読んだいくつかについて言及しながら、『エンジョイ』についての考えを進めてみたい。 fringeのブロ

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