この記事は2005年1月に掲載されたものです。
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続・小劇場は寿司屋でトロだけを出すようなもの

カテゴリー: fringeのトピック以前 | 投稿日: | 投稿者:

●「fringe blog」は複数の筆者による執筆です。本記事の筆者は 荻野達也 です。

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「小劇場は寿司屋でトロだけを出すようなもの」でご紹介した「某日観劇録」が、「公演期間が延びるほど1席あたりの経費は膨らみ」の記述に対して追記されていますので、*1 私も補足説明しておきたいと思います。

「某日観劇録」六角形氏の試算では、小劇場1ステージあたりのランニングコストは220,580円/日、1日2ステの場合は256,660円/日なので、イニシャルコストを含めて考えると10日間15ステージで1ステ約31万円程度に落ち着くとのこと。キャパ130名の劇場だとすると客席単価は2,385円/回になるので、チケット代3,000円~4,000円ならやりくり出来るのではないかとの説明です。

この試算だと確かにそうなりますが、現実には小劇場1ステージあたりのランニングコストはチケット収入を上回っていると思います。つまり最初から赤字なので、ステージ数が増えるほど赤字額は加算されます。ランニングコストの段階で赤字なのですから、イニシャルコストの償却など出来るわけがない。後ろ向きの発想ですが、どうせ赤字ならステージ数が短いほうがマシということになるわけです。

キャパ130名でチケット3,000円だと、1ステージあたりの収入は39万円になりますが、六角形氏が試算されている役者5名のパターンでも、ランニングコストはこれに匹敵する金額になると思います。ここではランニングコストの定義が重要になってきます。

公然資料から経費を推測して積算していく考え方自体は真っ当だと思いましたので、前回は敢えて細かい部分は指摘しませんでしたが、ランニングコストを考える場合は無視出来ない点が六角形氏の試算にはあります。

スタッフ関係で大きいのは「照明機材、音響機材持込なし」にされていることです。付帯設備が充実している中劇場では持ち込みなしもあり得ますが、最低限の備品しかない小劇場で持ち込みなしは考えられません。小劇場だからこそ持ち込みが必要なわけで、これは当然ランニングコストにはね返ってきます。

宣伝費を固定費にされているのも実情と異なるでしょう。宣伝規模は公演規模によって変わるものです。週末3日間の公演と10日間公演とでは、チラシの印刷枚数や配布方法、DM通数なども大きく変わってきます。総収入から宣伝費に回せる金額を逆算して考えるべきものです。

チケットをすべて手売りとして販売手数料を想定していないのも、どうでしょう。公演規模が小さい場合は成り立つかも知れませんが、大きくなれば手売りだけというのは困難です。手売りのみの場合でも、チケット印刷代や送料など、様々な諸経費が必要です。ランニングコストとして予算を組まないと、やってられません。

当日運営は制作者1名とロビースタッフ2名の合計3名でオペレーションする試算ですが、これも少なすぎます。小劇場は中劇場よりフロントスタッフが必要なくらいですから、正規のギャランティを支払おうと思えば無視出来ない金額になるでしょう。

以上のことを加味して、私が試算したキャパ130名、チケット代3,000円の場合の1ステージあたりランニングコストは次のとおりです。1ステージあたりの収入は39万円ですから、ランニングコストだけでそれに匹敵することがご理解いただけると思います。

劇場費           80,000
演出料(1名)        10,000
出演料(5名)        50,000
舞台監督料(外部1名)    20,000
照明人件費(外部1名)    20,000
照明機材費         15,000
音響人件費(外部1名)    20,000
音響機材費          5,000
衣裳人件費(1名)      10,000
小道具人件費(1名)     10,000
制作人件費(1名)      10,000
お手伝いさん人件費(5名)  30,000
消耗品(舞台・制作合わせて)10,000
宣伝費(10%)       39,000
販売手数料(10%)     39,000
====================================
              368,000円

劇場費は六角形氏より少し下げて80,000円にしてみました。長く借りれば料金の割引などもあるでしょうから。舞台監督・照明・音響の人件費は1日20,000円にしています。これは純粋なオペレーション料で、その代わりプランニング料をイニシャルコストに含める必要があります。それ以外のスタッフと役者は劇団員と見なして一律10,000円。衣裳や小道具スタッフだって必要です。物を自前で用意出来たとしても、早変わりやメンテナンスは役者だけでは厳しい。フロントのお手伝いさんも5名は必要で、日当・交通費を払おうと思えば、本来これくらいにはなるはず。販売手数料と宣伝費はランニングコストに含めて、それぞれ収入の10%を計上します。最後に舞台や制作関係の消耗品で10,000円。役者に客演が含まれていたら出演料はもっと高額になるでしょうし、旅公演なら宿泊費が加わります。

もちろん、実際にこれだけ払っていたらイニシャルコストが償却出来ませんので、劇団員・お手伝いさんはノーギャラ、他の経費も切り詰めてということになります。客席数が限られている小劇場では、3,000円程度のチケット代ではランニングコストがやっとというわけです。

私が「小劇場は寿司屋でトロだけを出すようなもの」と書いたのは、別にダメ劇団を贔屓しているわけではなく、こうした構造上の矛盾をはらんでいることをご理解いただきたいからです。赤字がわかっているものを売るのはビジネスとして非常につらいわけで、けれど寿司職人は寿司を楽しんでもらいたいためにトロを握るわけです。小劇場だって、全額をチケット代に転嫁出来ないからチケット代を下げているわけで、その心意気を知ってほしいのです。トロは採算が取れないものの例で、その意味ではトロを出していない小劇場系カンパニーはないと思います。観客の皆さんがそれをトロと認めるかどうかは、また別の話。

六角形氏は「劇団関係者が全員無給でよければ、チケット代が2000円でも赤字にはなりません」と書かれていますが、試算の前提条件が「稽古場代なし(無料スペースを渡り歩く)」だったり、必須と思われる運送費、雑費なども考慮されていません。世の中には徹底したローコストを追求している五反田団のようなスタイルもありますが、ギャラと必要経費は意味が違うはずで、それを考慮せずに結論づけるのはいかがでしょう。公演予算は作品内容とカンパニーにとっての戦略的位置付けで決まるべきものです。2,000円でやれるときもあれば、どうしてもやれないときもある。2,000円でやれることを一般論にするのは危険だと思います。

今回は六角形氏の書かれた条件で試算してみましたが、制作者は自分のカンパニーの1ステージ経費を常に頭に入れておくと便利でしょう。買取公演のオファーが来たときなどは必須です。例えばこの試算で買取公演をする場合、劇場費・お手伝いさん人件費・宣伝費・販売手数料は不要になり(チラシ印刷代は別途実費請求)、減額すると180,000円になります。小劇場の1ステージ買取価格は80万円ぐらいが相場だと思いますので、1ステージで62万円の利益が出ます。これで何ステージあったらイニシャルコストを回収出来るか、考えていけばいいわけです。

  1. 「某日観劇録」のサーバ移行に伴い、本記事は移行されていないため、Internet Archive「Wayback Machine」(2005年3月6日保存)にリンクしています。 []

続・小劇場は寿司屋でトロだけを出すようなもの」への3件のフィードバック

  1. Survivart blog

    小劇場の台所。

    音楽、美術、舞台、施設、複合イベント型等々、形態によってコストの計算が異なるのは…

  2. tokunaga

    生生しい数字ですね。音楽に関しては、僕は「良いミュージシャンさえいれば素人でも名盤が制作できる」と豪語し、ほんとにやっちゃいましたが(名盤かどうかは主観が入りますが、ありがたいことにLatina誌には絶賛のレビューが!)、芝居はそんなに甘くないであろうことは想像に難くないです。

    芝居に較べたらずっとシンプルですが、CD制作にも当然ながら様々なコストがかかっているわけで、いい加減なコスト計算で、しかも販売規模との関係を無視して一律に「高い・安い」を論じるような風潮に辟易したこともあります。いずれきちんと整理してみたいですね。

  3. tokunaga

    上のコメントで言及しているCDの宣伝も兼ねて、トラックバックを送信させていただきました。

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