岩波書店
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唐十郎氏が横浜国大に招かれるまで、そして唐ゼミから劇団唐ゼミ★への軌跡を、招聘側である室井尚氏(横浜国立大学教育人間科学部教授、当時は教育学部助教授)の手記及び唐氏との対談を中心にまとめたものです。
まず感じるのは、この本自体が非常に演劇的な存在だということ。劇団唐ゼミ★の劇団員を交えた座談会で締めくくっているのですが、半分は学生で数年のキャリアしか持たない集団がこうして単行本になること自体、過去になかったことでしょう。普通、どんなに早くてもカンパニーが過去を振り返るのは旗揚げ10年くらい経ってからだと思います。それが悪いというのではなく、演劇の世界ではカンパニーの数年後はわかりません。その混沌とした状況で、消えていくこの瞬間を語ろうとする行為が、私には演劇そのものに思えるのです。教育論というより、唐ゼミ自体が一つの作品で、その公演の舞台裏を垣間見ている気持ちになります。
招聘した室井氏は演劇ファンどころか、逆に「演劇の役割は終わった」と考えていた人で、最初は単なる学部改革の〈サプライズ人事〉だったそうです。その室井氏自身が唐ワールドにのめりこんでいく様は、演劇に見切りをつけた人が戻ってくる生きたサンプルです。唐氏が着任したのは新学部なので、ゼミが出来るまでは2年待たねばなりません。その間、演劇に興味のない大多数の学生を相手にすることは、並大抵の苦労ではなかったようです。唐氏の講義だからといって、静粛に聴く学生ばかりだと思ったら大間違い。書かれている学生のマナーの悪さは想像を絶します。マスコミを通して初講義と最終講義の派手なパフォーマンスしか知らなかった私にとって、本書は驚きの連続でした。
室井氏は熱い人で、わざわざSMAPの「世界に一つだけの花」歌詞を紹介した上で、「大嫌いだ」「書き写しているだけでも虫唾が走るくらい」とし、本当の個性とはなにかを力説しています。唐ゼミに求められる個性とは、「『花屋の店先』に並べられない」ことで、出発点から異なるとしています。劇団唐ゼミ★は異例の新国立劇場公演も果たしましたが、室井氏にとってそんなことはどうでもよく、動員数や受賞や海外での評価も関係なく、「大学の中に建てられたオンボロ・テントで彼らが格闘したあの豪奢で奇跡的な瞬間には絶対にかなわない」「大学の中でしか生まれないものがあるのではないか? プロには絶対にできないことだってあるのではないか?」と述べています。
室井氏は自身を「唐十郎原理主義者」とし、「表現ジャンルとしての『演劇』など全く愛していない」とまで言い切っています。言いたいことはわかりますが、室井氏が感じた唐ゼミへの思いは、実は演劇に携わる誰もが根底で抱いているものであり、誰もが「奇跡的な瞬間」を体験しているはず。学生がプロを超えているんじゃないかと思える作品だって、過去いくらでもあったはず。室井氏の文章は、プライベートな体験談としては読む価値がありますが、演劇ジャンル全体の魅力を否定する書き方には違和感を覚える個所も多々ありました。そういうことも含めて刺激的な本だったと思います。
唐十郎+室井尚『教室を路地に! 横浜国大vs紅テント2739日』を読む
というわけで、なんと岩波書店から出版されている『教室を路地に!』を読んでみました。この本が「刺激的」であることについては、fringeblogでも指摘されていますが、わたくしにとっては『情報様式論』の訳者として印象深かった室井尚のナイーブぶりに驚き、こと、以下の…