『図書館戦争』で知られる有川浩氏がメディアワークス文庫に書き下ろした『シアター!』(2009年12月発行)を読んだ。筆者あとがきによると、アニメ化された「図書館戦争」の声優・沢城みゆき氏が、Theatre劇団子(本拠地・東京都杉並区)の準劇団員でもあり、その関係で小劇場に興味を持ったらしい。取材協力としてTheatre劇団子、東京セレソンDX(本拠地・東京都渋谷区)がクレジットされている。
アスキー・メディアワークス
売り上げランキング: 482
物語は、負債300万円を抱えて解散の危機に瀕したカンパニー・シアターフラッグ(動員約1,500名だが毎回赤字)に対し、主宰の兄(中小工務店勤務のサラリーマン)がお金を貸す代わりに、今後2年間の収益から完済を迫るもの。カンパニーの収支はすべて管理する名目で、公演予算とそれに伴う各種発注、票券管理まで手掛ける兄だが、本人は制作者とは思っていない。父親が売れない役者で早死にした過去もあり、社会人の醒めた目で小劇場界に素朴な疑問を呈し、それを一つずつ改善していく内容だ。
危機の原因は、これまで多すぎた出演者(約20名)を絞った戯曲を書いたところ、劇団員の反感を買って半数が退団したというもの。赤字を立て替えていた制作者も、彼氏である俳優と共に退団。そこでこれまでの返済を迫られ……という小劇場にありがちな設定。沢城氏をモデルにしたのだろうか、そこへ人気声優が入団希望で現われ、新生シアターフラッグの公演までの道のりが描かれる。
大人向けライトノベルという触れ込みで、344ページあるがあっと言う間に読める。小劇場界の実態がリアルに伝わるし、反面教師にしてほしい内容だ。有川氏も取材過程でいろいろ感じたのだろう。小劇場界は構造的欠陥があるという強い意思で書かれているのが、全編から伝わってくる。兄の視点で書かれた部分を、いくつか引用させてもらいたい。
食えていない連中が業界の技能職を一方的に賄(まかな)っているという図式は、一般的にはかなり違和感がある。(pp.106~107)
自サイトへリンクを張ってあるのでそこで詳細が分かるのかと思いきや、飛んでも「詳細は決まり次第告知します」の一文で終わったり、劇団のオフィシャルサイトのトップページに飛ぶだけで公演詳細がどこにあるやら迷子になることさえある。(p.119)
やっぱり七時半開演にすればよかった、と遅まきながらの後悔だ。自分が会社員のくせに、勤め人を客として取り込むことを具体的にイメージできていなかった。(pp.254~255)
こうした一般的な指摘だけでなく、筆者の目は興行の本質にも向けられている。描かれるシアターフラッグというカンパニーは、わかりやすいエンタテインメントを志向しているが、小劇場界ではそうした集団への評価が低いとして、かなり厳しい口調で疑問を投げ掛けている。外部からの率直な指摘として、演劇人も真摯に耳を傾けるべきだろう。
シアターフラッグだけではない、分かりやすいエンターテインメントを目指す劇団はどこもなかなか評価されない。カジュアルなエンタメで万単位の集客を誇る劇団もあるが、そこも未だにメインストリームからは無視されているという。一跳ねしたらもてはやされるという話だが、集客を万に乗せてまだ無視されるなら跳ねたと認めてもらえるラインは一体どこだ。
プロパーに評価される商品が悪いというわけではない。それは業界で確かに必要なものだろう。しかし、それとは別に新しい客を連れてくる商品を冷遇するような業界は、決して社会のメインストリームにはなれない。分かりやすいものを軽視する風潮には、商業的に成立するために不可欠な一般客への侮蔑(ぶべつ)がある。
自分の気に入った商品がバカにされるような業界に一体誰が金を落としたいものか。(p.191)
ここまで言い切ってくれると、すがすがしく感じるほどだ。
小劇場を舞台にしたありきたりな青春小説だと思っていた方も少なくないと思うが、実はライトノベルの姿を借りた小劇場界への辛辣なダメ出しになっている。ステレオタイプな描写になりそうなところを、意外にリアルな描写で持たせているのは、取材協力したカンパニーの賜物だろう。
(参考)
公演で黒字を出すということ