演劇界が「助成金ビジネス」と言われない助成制度にするには

カテゴリー: フリンジのリフジン | 投稿日: | 投稿者:

●「fringe blog」は複数の筆者による執筆です。本記事の筆者は 荻野達也 です。


演劇における「助成金ビジネス」という言葉は、立場によって様々な考え方があると思う。私はそもそも助成金の制度設計の課題だと感じているので、その観点で意見を述べたい。

私が「助成金ビジネス」と聞いて思い浮かべるのは、助成金の申請を代行する士業や、官公庁から事務局業務を受託する企業だ。これらは助成金という制度を回していくためには必要だが、それ自体が利益になっているわけだから「助成金ビジネス」だろう。当事者もよくわかっているはずだ。これに対し、助成金を交付される芸術団体は「ビジネス」と言えるだろうか。演劇公演の助成金は赤字だから交付されるのであって、そもそも黒字なら助成金は交付されないからだ。

演劇公演はイニシャルコストがかかり、満員になってもチケット代だけでは赤字になる収支構造で、助成金が交付されても収支ギリギリ、あるいはそれ以下だと思う。このため、助成金が芸術団体の利益になるわけではなく、「助成金ビジネス」という言葉に違和感を覚える演劇人は多いはずだ。ただし、芸術団体に利益はなくても、参加しているスタッフ・キャストの人件費は助成金によって補填されているわけで、そこが第三者から見れば「助成金ビジネス」と映るのかも知れない。

極端な例だが、助成金申請した芸術団体自体が赤字であっても、主宰である劇作家・演出家に多額の文芸費が支払われる予算になっていた場合、その文芸費を補填するために助成金が使われることになり、妥当性が審査されるべきだろう。この部分に偏りがあると、その主宰は「助成金ビジネス」と言われても仕方がない状況だと思う。そうでないことを示すには、積極的に予算を開示していくしかない。

現在は審査も厳格になり、スタッフ・キャストの待遇改善も叫ばれているので、多くの主宰は逆に自分の文芸費を切り詰めていると思う。俳優も出演料は本番ステージ数だけで計算され、稽古期間は考慮されない場合がある。稽古時間を含めると、労働者なら最低賃金を下回るケースもあるはずで(実際は業務委託なので労働法の対象外)、たとえ助成金が人件費に充てられていたとしても、とても「助成金ビジネス」とは呼べないのではないだろうか。

こうした収支構造が明確になれば、第三者にも「助成金ビジネス」ではないとわかるはずだが、助成金の多くは公演という芸術団体の本来の事業に対して交付されている点がわかりにくい。経済産業省の助成金・補助金の場合は、新規事業、設備投資、業務改革などの使途が明確で、数値目標を明記した中長期の事業計画を求められることも多い。こうした点が演劇公演の助成金と明らかに異なると思う。演劇でも、創造環境整備に対する助成金は公演以外なので、はっきり説明出来るのだが。

この課題に対応しているのが文化庁「舞台芸術等総合支援事業(公演創造活動)」で、公演全体に対する助成金ではなく、「公演初日の本番前までに係る創造活動に必要な経費」つまりイニシャルコストに限定されている。例えば稽古費は対象だが、本番の出演費は対象外だ(伝統芸能・大衆芸能分野を除く)。費用のかかるイニシャルコストを支援する代わりに、公演活動では自助努力を求めているわけで、演劇公演の収支構造を反映した制度設計だと思う。なぜ演劇公演は満員になっても赤字なのかを、予算組みの面から逆に紐解いていった助成制度で、これなら演劇公演の収支構造が第三者にも理解しやすく、「助成金ビジネス」ではないことが伝わると思う。

創造活動のイニシャルコストに助成するのは、その芸術団体に本番での成果を期待出来るからであって、対象は実績のある中堅以上になる。成長過程にある若手への助成制度は別にあるべきだろう。イニシャルコストを全額助成するのであれば、その成果となる公演期間は当然長くあるべきで、「舞台芸術等総合支援事業(公演創造活動)」の募集要項には、太字で「出演料と稽古料の比重が過度に稽古料に偏ることのないようにしてください」と明記されている。俳優の稽古費を助成するなら、その稽古の成果を活かして可能な限りロングランしてほしい。これが数日だけの公演だと、第三者には「助成金ビジネス」と映るかも知れない。公演日数は助成の要件に含めるべきだと思う。

文化庁が赤字補填から創造活動への重点支援にシフトしたのは、2012年度分から正式募集された(11年度は移行措置のみ)「トップレベルの舞台芸術創造事業」で、今年度で導入15年目を迎えた。定着したこのスキームを「芸術文化振興基金(現代舞台芸術創造普及活動)」にも広げ、中堅以上の芸術団体は法人化を条件に「舞台芸術等総合支援事業(公演創造活動)」と同じスキームに移行させ、若手や地域の芸術団体には別の助成制度を整備する時期ではないだろうか。原資が異なるので制度の一本化は無理でも、スキームを一体運用することは可能なはずだ。そうした新たな制度設計こそが、第三者にも「助成金ビジネス」と映らない次世代の姿だと思う。法人化のハードルも、公益法人制度改革で大きく下がった。「優れた文化芸術の創造・普及活動」を目指すのであれば、中堅以上の芸術団体が法人化することは、芸術文化振興基金の理念には抵触しないどころか、逆に必須ではないだろうか。

次世代の助成制度

「芸術文化振興基金(現代舞台芸術創造普及活動)」は、22年度から助成対象費目を3つ選択する予算規模に応じた定額助成に変わったが、なぜこうした制度設計になっているのか、第三者が理解出来る形にはなっていないと感じる。公演規模から補助金をランク付けした、コロナ禍の文化庁「ARTS for the future!」の延長の印象が強い。中堅以上の芸術団体に対しては、コロナ禍も終息したいまこそ「舞台芸術等総合支援事業(公演創造活動)」と同じ考え方にすべきだと思う。

若手や地域の芸術団体に対しては、私がかねてより主張している民間劇場を中間支援団体と位置づけた劇場助成を切望する。なぜ劇場助成が有効かと言うと、首都圏在住の審査委員が書類だけで審査する現在の助成制度では、若手や地域の状況を審査するには物理的限界があるからだ。審査委員がいくら努力しても、若手や定期的に東京公演をしていない地域の芸術団体を公平に評価することは不可能だと思う。

劇場助成は、単に劇場を介して劇場費や制作面を支援するだけではない。劇場スタッフは芸術団体と劇場契約のやりとりを重ね、公演期間中は劇場の使い方を間近で見ている。作品だけではなく、その裏側、人となりを見ている。その芸術団体が助成に値するかどうか、提出書類しか見られない審査委員より何十倍もの情報量がある。助成団体の審査委員は中間支援団体となる各地の民間劇場の選定と予算配分、選ばれた民間劇場は若手や地域の芸術団体を育てるという具合に、役割分担しながら実施する劇場助成こそが次世代の姿ではないだろうか。