この記事は2005年10月に掲載されたものです。
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ギンギラ太陽’sパルコ劇場公演

カテゴリー: fringeのトピック以前 | 投稿日: | 投稿者:

●「fringe blog」は複数の筆者による執筆です。本記事の筆者は 荻野達也 です。

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パルコ劇場でのギンギラ太陽’s東京初公演。初日半月ほど前はプレイガイドでもまだ扱いがあったので、どうなることかと思っていたのですが、終盤売り上げが伸びて前売完売となり、当日券で入れなかった回があったそうです。千秋楽はスタンディングオベーションも起こったそうで、興行・作品ともに大成功に終わりました。こうなると4ステージが短く感じられ、もう少し長くてもよかったのではと思うほどです。

パルコ劇場で公演するということは、商業的に成立する公演であることを意味します。正式には、パルコ劇場と福岡市のプロモーターであるピクニックが提携した公演で、ギンギラは出演料と完璧なアテンドを受けています。その意味で単なる東京公演ではなく、一足飛びにショウビジネスの世界に躍り出たと言っていいでしょう。TEAM-NACSのように東京からもオファーが来ているはずですが、地元密着のポリシーを貫いて、小劇場の新しいビジネスモデルを開拓してほしいと思います。大塚ムネト氏とは、やはり意識するのはわらび座かなという話になりました。

表現スタイルが個性的なカンパニーでは、観客がそのスタイル自体に目を奪われて、観劇回数を重ねると感動が薄れる傾向があります。ギンギラはかぶりものという特異性を持つものの、宣伝写真などでそれが先に周知され、観客は早い段階から物語の世界に浸ることが可能です。彼ら自身も、自分たちがやっていることは歌舞伎であると答えています。かぶりもの・擬人化・見得というスタイルを固定しつつも、描く内容はなんでもありということでしょう。その姿勢が直感的に伝わったところが、成功の要因だったと感じます。

私は10月9日に拝見しましたが、今回改めて感じたのは役者の発声の見事さ。バウンダリーマイクで拾っていたとしても、全員が明瞭な滑舌で語尾が聞き取りにくい台詞が皆無だったのは特筆すべきことです。固有名詞やディテールを積み重ねるギンギラの作品にとって、非常に重要なことだと感じました。福岡の役者の力量を測りに来た観客は、きっと驚いたことでしょう。劇団員が少なく客演中心の座組みであることも、プロフェッショナルとしてやっていく大きなアドバンテージです。

地元ネタ中心の物語も、今回は航空業界という広く通用する題材だったため、心配は杞憂に終わりました。福岡県西方沖地震のリベンジ公演だったとは言え、この作品を最初に東京に持ってきたのは最良の選択だったと思います。ギミックのロースモーク雲海の中、擬人化された飛行機たちの大空に飛び立つ姿は、そのままギンギラの明日の姿を描いているようでした。今後は舞台が福岡であっても、描かれる物語が普遍的なものであり、全国区ではない企業ネタであっても、そこにロマンがあれば観客はついてこれると私は思います。

「ギンギラ太陽’sを絶賛する」もご覧ください。


ギンギラ太陽’sパルコ劇場公演」への3件のフィードバック

  1. 鈴木厚人

    ギンギラ太陽’sの話題ではなく、
    単に質問で申し訳ないのですが、

    >劇団員が少なく客演中心の座組みであることも、
    >プロフェッショナルとしてやっていく
    >大きなアドバンテージです。

    と、荻野さんが考える理由は何なのか、
    もしよろしかったら、
    コメントをいただけないでしょうか?
    私見では、商業演劇が基本的には、
    プロデューススタイルだからなのかなと思っています。

  2. 荻野達也

    劇団員を多く抱えますと、公演時期以外の待遇が問題になります。プロダクション化してマスコミ出演などをマネジメントするか、公演そのものを増やすか。そのどちらでもない場合、少数精鋭の劇団員に公演規模に応じて実力派の客演が加わるのが、年間を通してギャランティを最も効率よく配分出来る姿ではないでしょうか。

    ギンギラ太陽’sの場合、常連の客演が多く、全員が劇団員に思えるほどのアンサンブルだというのも強みです。実力派の客演を揃えるのは難しいことですが、彼らの周囲ではそうした信頼関係が成立しているようです。九州のオンリーワンだから出来ることでしょう。プロデュースに近い形式ながら、カンパニーのような雰囲気のあるチームです。

  3. 鈴木厚人

    お忙しい中、コメントありがとうございました。

    九州のオンリーワンか。
    それにしても、九州というのは、
    つかさん、野田さん、いのうえさん、松尾さんと、
    やたらと優れた演劇人が出て来る土地柄なんですね。

    その理由は、自分で考えてみます。

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