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	<title>新国立劇場芸術監督人事について制作者として思うこと へのコメント</title>
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	<description>小劇場演劇の制作者を支援するサイト「fringe」がお届けするウェブログです。</description>
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		<title>荻野達也 より</title>
		<link>http://fringe.jp/blog/archives/2008/07/20174424.html#comment-700</link>
		<dc:creator><![CDATA[荻野達也]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 27 Jul 2008 09:17:31 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[私も前提として、芸術監督とはなにかという議論が必要だと思います。

投票は私も論外だと思っていますよ。新国立劇場でもこの騒動をきっかけに徹底的に議論し、その中で双方の役割を認識することを願っています。
]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>私も前提として、芸術監督とはなにかという議論が必要だと思います。</p>
<p>投票は私も論外だと思っていますよ。新国立劇場でもこの騒動をきっかけに徹底的に議論し、その中で双方の役割を認識することを願っています。</p>
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		<title>夏井孝裕 より</title>
		<link>http://fringe.jp/blog/archives/2008/07/20174424.html#comment-699</link>
		<dc:creator><![CDATA[夏井孝裕]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 26 Jul 2008 01:32:09 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[一点だけ、荻野さんのご意見に異議を申し添えたいと思います。

「とんでもないレパートリーを主張されたりしたとき、制作も投票権のようなものを持ち、芸術監督の提案にNOと言えるようにする」

は、ヨーロッパ式の芸術監督制度を基準に考えるならば、非常識な発想といっていいでしょう。
レパートリーの選定は芸術監督の権利ではなく、観客に対する責務だからです。
演目演目が不調に終わったときに苛烈なバッシングを受けて劇場を去っていくのは芸術監督です。
芸術監督に演目の最終決定をさせずに失敗時の責任をとらせるのはおかしいことです。

「制作者は芸術監督と対等に」という荻野さんの主張は理解できます。
レパートリー案に意見をすることはいい。ですが、
「制作者としてこの演目はレパートリーに入れられません」と芸術監督の意向を一方的に却下するようなことは絶対にあってはなりません。
ましてやそのための投票制度を準備するなど論外です。制作者として堂々と芸術監督に意見すべきです。
制作者の地位向上ということをいうならば、こんな「みんなでNOをいえるようにしよう」というような情けない発想を安易に首肯してはいけないのではないでしょうか。

まあ、それ以前に「NOをいわなければならない演目」というものが具体的にイメージしにくいのですが…。

芸術監督とは何か、という段階からの議論がまだまだ必要のようですね。
]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>一点だけ、荻野さんのご意見に異議を申し添えたいと思います。</p>
<p>「とんでもないレパートリーを主張されたりしたとき、制作も投票権のようなものを持ち、芸術監督の提案にNOと言えるようにする」</p>
<p>は、ヨーロッパ式の芸術監督制度を基準に考えるならば、非常識な発想といっていいでしょう。<br />
レパートリーの選定は芸術監督の権利ではなく、観客に対する責務だからです。<br />
演目演目が不調に終わったときに苛烈なバッシングを受けて劇場を去っていくのは芸術監督です。<br />
芸術監督に演目の最終決定をさせずに失敗時の責任をとらせるのはおかしいことです。</p>
<p>「制作者は芸術監督と対等に」という荻野さんの主張は理解できます。<br />
レパートリー案に意見をすることはいい。ですが、<br />
「制作者としてこの演目はレパートリーに入れられません」と芸術監督の意向を一方的に却下するようなことは絶対にあってはなりません。<br />
ましてやそのための投票制度を準備するなど論外です。制作者として堂々と芸術監督に意見すべきです。<br />
制作者の地位向上ということをいうならば、こんな「みんなでNOをいえるようにしよう」というような情けない発想を安易に首肯してはいけないのではないでしょうか。</p>
<p>まあ、それ以前に「NOをいわなければならない演目」というものが具体的にイメージしにくいのですが…。</p>
<p>芸術監督とは何か、という段階からの議論がまだまだ必要のようですね。</p>
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